占い体験

私の占い体験

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1. 子供の名前は占い師の姓名判断から

私には2人の息子がいる。
2人とも生まれた時の名付け親は私だが、その候補は占い師からのものだ。
長男が生まれる直前、知人の紹介で姓名判断の占い師に相談した。そうすると、後日候補が上がったので取りに来るように言われた。

取りに行くと、和紙に墨汁で大きく6個の男の名前が挙げられていた。そして、代々その6個の名前をつけるように言われたのである。
どのような性格で、どのように人生を送るか書かれていた。

息子2人はその中から名前を選んだ。
今振り返ってみると、成功とは言えないものもほぼ近い人生を送っている。

2. 家を新築した時土地を見てもらう

30代の後半まだバブルの余波が残っていたので、景気も良く収入もよくなっていた。
おかげで田舎町でも一等地に新築の家を立てることができた。

その時、土地の決定に霊感のあるお坊さんに見てもらうことができた。不動産屋が次々と出す土地の候補を、そのお坊さんと見て回ったのだ。

・ある土地は、井戸を埋めて造成している。
・元処刑場のあと。
・洪水になって家が浸かる場所・・・
など、古くから住んでいる老人しか知らないような内容をどんどん喋ってくれる。
そのお坊さんには見えているのだ。はるか昔に、その場所でどういう災害や悲惨なことがあったか。
不動産屋さえ知らない、古くからのその土地の歴史があったことを。

結局問題のない土地を購入し家も新築した。

3. 妻の乳がんの時

大阪事務所へ転勤した。家族を連れての転勤である。

その5年目妻が乳がんであることがわかった。
すぐに手術が必要。かなり進行していた。

どうするか、実家の岡山へ帰って手術し闘病するか。
それとも、大阪に止まり医者を探し、家族だけで頑張るか。

近所周りには、相談する人は誰もいない。自分一人である。
自分で判断するしかない。

その時、安倍晴明ら陰陽師が使っていた「六壬神課」という占術を知り、一通り勉強し判断して見た。
(なぜ六壬神課と巡り合ったかはのちにお話しする。)

そこを動かず、巡り合った医者を信じれば吉と出たので、その通りする。

結局それが正解であった。

4. 占いに頼ること

4.1 経営の場面で

古くから商売をしていた老舗では、商売の神様を大切にする。
家には必ず神棚があり、その家の女将さんが毎日ご飯やお酒またはお花を捧げている商家がほとんどである。
また、お稲荷さんへの月一のお参りを続けている家もある。

そして、占いについて勉強している女将さんが多いのも事実である。旦那さんの社長は女将さんほどではないにしても、事あるごとに占いに触れている。

なぜか、「商売繁盛」が代々永続していることを願っているからだ。

およそ、商売や経営は永続しない。常に儲かり続ける事はない。
経営学のいう成長曲線のように、売上のピークをすぎると衰退して行くのである。

そして、日々の経営は本人の努力や頑張り以外の要因に左右される。
・事故
・病気
・商売上のトラブル・・・

これらの要因に影響されないよう幸運な状況で商売を続けていけたらどんなに幸せか。
経営者だけの努力や采配が影響する部分は、3割にも満たない。
ほとんどが、運や偶然に左右されている。

4.2  個人の生活の面で

一人の人生を見ても経営者と同じであろう。

自分の人生において、自分の努力や意思決定だけでうまくいった部分がどれだけあるだろうか。
ほとんどないのではないだろうか。それを諺では、
「人事を尽くして天命を待つ」
といっているが、人の努力の部分はそれほど多くはない。

人には宿命がある。
・生まれた時代
・生まれた国
・生まれた県
・生まれた家
・性別
・生まれ持った身体能力
それらの宿命の上で、どれだけの努力をするかで人生が決まるのだろうが。

そうした混沌とした中で、占いで将来を予測したり、幸運を呼び込みたい気持ちを持つ事は決して恥じる事はなく、古くから人が行ってきた祭事と言える。

 

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